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 人は皆、若くあり続けたいとおもうことはごく自然なことなのかもしれませんが、最近のアンチエイジングブームは、年齢を重ねることをマイナスのイメージで捉えて、「老い」への恐怖に駆り立てられるなど、どこか不自然な気がしないでもありません。
 biological age(生物年齢)をより若く保とうというアンチエイジング医療(抗加齢医学)は、人が健康に若々しくある為の新しい医学分野であるとされています。しかしそれを医療という枠の中で捉えられると、病にある人々の苦しみを救うことを医療としてきたものにはやはりどうしても抵抗感があります。

 21世紀は予防医学の時代と言われ、医療関係者の間では「守り」の医療から「攻め」の医療へということがよくいわれているようです。これは病気になる前の人たちにも、予防ということで血中の活性酵素を測ったり、遺伝子レベルで体質を言い当てて、あなたはこういう病気になるかもしれないので、病気にならないためにはこうしなさい、ああしなさいとアドバイスするのです。でも、なかには、どこか、不安を勝手に押し付ける商売としてしかみえない場合もあります。  計測機器の発展で様々な病態予測は可能な時代になりました。データはどんどん出てきて、さまざまなことがまことしやかに科学的なもの言いで語られます。そのいい例が脳科学でしょう。

 脳画像の分析手法は日進月歩で、陽電子放出型断層撮影(PET)画像を自動処理して脳の海馬におけるブドウ糖代謝の推定値まで予測でき,アルツハイマー病にかかるかもしれないという未来予測までできるといわれています。しかし、出てきたデータとほんとうの生身のカラダとの関係は、ほとんどの場合、ブラックボックスで、言ったもの勝ちのような世界がほとんどです。アンチエイジングの発祥の地である米国の抗加齢医学界の派手なパフォーマンスをみるにつけても市場原理主義のドグマに一旦おかされると、あとには引けないという人間社会の愚かしさと、欲望が欲望を引き出すといういわば、無間地獄を垣間見る気もします。

 人間の死亡率は100パーセント、永遠の命などありえない。
誰でも、病や死への不安はあります。生命というものは不思議で、ココロにおもっていなくてもカラダがわかっていたりする。それがある朝突然、自分のカラダへの不安となって湧き上がってくる。だから、じっと自分のココロとカラダに耳をすませて、自分の生命の言い分を聞いてみる。あなたというたったひとりの存在のための信号を発している自分のカラダについて。そのかすかな信号は、占いでも、遺伝子診断による未来予測でもその正体はわかりません。人間が人間に触れてみなくては、不安の正体はわからないのです。ほんとうに不安になったらいつでも、いらしてください。

 私が、電子カルテを導入しなかった理由は、PC画面に気をとられることなく、診察室という閉じた空間で患者さん、おひとりおひとりと向き合って生身の人間同士として、患者さんの声なきココロとカラダと対話したいということでした。クリニックをはじめて1年以上になりますが、この選択は間違っていなかったと確信しています。

 人がゆったりと老いていかれない社会のいまの風潮はちょっとおかしいわけで、我々、現場で患者さんと向き合ってきたものは、日常診療のなかでそれが伝わっていけばいいのだとおもって、ことさら、今の風潮に異を唱えることもしてきませんでしたが、それは不作為の作為だったかもしれないとも、最近はおもいます。

 今まではおひとりおひとりのライフステージにあったQOL、クオリティーオブライフということをいってきましたが、これからは、QOS、クオリティーオブソサエティー、社会の質ということにも我々、専門家がきちんと声をあげていかなくてはならないことかもしれません。
 そして、ほんとうのアンチエイジングとは、不自然なこだわりから解放されることであり、それぞれの年齢にあった自然な歳の重ね方をすること、それは、グッドエイジングと、私は呼びたいと思います。

 大学在籍20年間のうち14年間を派遣病院で過ごし、地域医療にかかわってきました。最先端の医学が地域の隅々までいくことを心がけてきましたが、必ずしも最先端の医療が最良の選択肢ではないことも多く、実際の医療というものの難しさを痛感しました。
 人が健康に生きることはと、身体的なことばかりが取りざたされていますが、こころの豊かさが身体に与える影響を無視しては最良の医療はなされないというのが現在の心境です。『科学的根拠に基づいた治療(EBM)』が大切なことは間違いありませんが、科学では人間の存在のすべてを捉え切れていないこともまた忘れてはならないことだと考えています。
 医師は、診療の場で、患者さんと接するときに、臨床観察とよばれていることからはじめます。
 まず、『如何ですか』と声を掛けながら、その様子を診るところからはじめます。そして、問診、聴診、打診、触診という五感を駆使した接触の中から、患者さんの様子を観察していきます。そして、データとしての血液検査、尿検査、レントゲン検査などを加えて、最終的に診断を下します。データとそれを元にした統合的判断が医師の仕事です。
 『科学的根拠に基づいた治療(EBM)』は、今までの臨床研究のデータに基づいて臨床診断をして、治療を進めていくという医療のあり方ですが、データに頼りきった医療になることが、懸念をされています。最近よくいわれている遺伝子研究も、進んでもまだ遺伝子情報と目の前の患者さんとを繋ぐものがない状態だといわれています。まず、目の前の患っている人の心に寄り添って、専門知識を提供する、そして、検査や治療を選択する助言を専門医としてさせていただく、治療を決めるのは、あくまでも、患者さんであると考えています。そのお手伝いをするのが、われわれのなすべきことと、考えています。